慶長12年(1607)、駿府城に隠居した徳川家康が、林羅山らを監督者として新たに鋳造させた銅活字。朝鮮伝来の活字技術を手本とし、『大蔵一覧』などの刊行に使われた。
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慶長12年(1607年)、将軍職を退いて駿府城に隠居していた徳川家康は、儒学者の林羅山らを監督者として、朝鮮から伝来した活字技術を手本に新たな銅活字を鋳造させた。これが駿河版銅活字で、この活字を用いて、仏教説話集『大蔵一覧』11巻や、中国の政治要諦をまとめた『群書治要』47巻などが刊行された。現存する活字(資料番号15170〜15207)は、1606年から1616年にかけて製作されたものとされる。その後、活字の一部は火災で焼失し、残存分は一時南葵文庫に保管された後、昭和15年(1940年)に凸版印刷株式会社の所有となり、昭和37年(1962年)に重要文化財の指定を受けた。
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印刷博物館
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